役員報酬の低額設定が招く経営・管理ビザの更新不許可リスクと審査の視点#
日本で会社を経営する外国人経営者にとって、毎月の役員報酬をいくらに設定するかという問題は、会社の財務状況と個人の生活の両方に直結する非常に重要な決定事項です。特に、会社設立直後や売上が安定しない時期には、会社のキャッシュフローを守るため、あるいは個人の所得税や住民税、そして高額になりがちな社会保険料(健康保険・厚生年金)の負担を抑えるために、役員報酬を極端に低く設定しようとするケースが散見されます。
しかし、この「節税・社会保険料削減」を目的とした低額報酬の設定は、入管法上の在留資格「経営・管理」の更新審査において、致命的な不許可リスクを招く可能性があります。ここでは、なぜ低い役員報酬が問題視されるのか、入管当局がどのような視点で審査を行っているのかについて、制度の背景と実務的な観点から客観的に解説します。
社会保険料削減のメリットと入管審査の矛盾#
会社経営の観点から見れば、役員報酬を月額数万円程度に抑えることで、法人と個人が負担する社会保険料を劇的に減らすことができるのは事実です。税務上も、法人の赤字を回避するために役員報酬を減額することは合理的な経営判断として認められる場合があります。
しかし、入管当局の審査基準は、税務署や年金事務所の視点とは全く異なります。入管庁が「経営・管理」ビザを持つ外国人に求めているのは、以下の二点です。
- 事業の継続性・安定性: そのビジネスが日本で安定的かつ継続的に行われているか。
- 独立の生計維持能力: その外国人が日本で誰にも頼らず、自立して生活していけるだけの収入があるか。
役員報酬を極端に低く設定する(例えば月額5万円〜10万円など)ということは、入管当局に対して「この会社の事業規模は、経営者に生活できるだけの給与を支払う能力がない(=事業の継続性に疑義がある)」、あるいは「この経営者は日本で生活するための十分な資力がない(=日本での活動の正当性が疑わしい)」と自ら申告していることと同義になります。
審査官が見る「生活費」の現実性#
ビザの更新申請において、審査官は提出された「課税証明書」や「納税証明書」を必ず確認します。ここに記載された年間所得が、日本での一般的な生活水準と比較して著しく低い場合、合理的な疑いを持たれます。
例えば、東京都内で生活する場合、家賃、光熱費、食費、通信費などを考慮すれば、単身者であっても最低限月額18万円〜20万円程度の手取り収入が必要であることは、社会通念上の常識です。もし役員報酬が月額8万円に設定されていた場合、審査官は次のような疑問を抱きます。
- 「残りの生活費はどうやって賄っているのか?」
- 「資格外活動(不法就労)をしているのではないか?」
- 「会社のお金を私的に流用しているのではないか?」
これに対し、「海外に貯蓄があるから大丈夫だ」「親からの援助がある」といった説明をするケースがありますが、これらは「経営・管理」ビザの趣旨とは相容れない主張となりがちです。この在留資格は、あくまで「日本で事業を経営し、その対価として報酬を得て生活する」ためのものだからです。貯蓄を取り崩して生活するのであれば、それは経営活動による生計維持とは言えません。
会社の経費で生活費を落とすことのリスク#
役員報酬を低くする代わりに、社宅扱いや社用車、交際費などを活用して、個人の生活費を会社の経費で賄うことで実質的な生活水準を維持しているという主張もよく聞かれます。税法上適法な範囲での節税策であれば一定の理解は得られるかもしれませんが、入管審査においてはマイナスに働くことが多くあります。
入管審査では、あくまで「個人の所得」として証明できる数字が重視されます。会社の経費を使った生活は、個人の可処分所得としてはカウントされません。書面上の報酬額が生活保護受給水準を下回るような設定になっている場合、たとえ実生活が豊かであっても、公的書類上は「貧困状態」とみなされ、在留資格の更新が拒否される、あるいは在留期間が「1年」に短縮されるといった不利益を被る可能性が高まります。
家族滞在ビザへの波及#
この問題は、経営者本人だけの問題にとどまりません。配偶者や子供を「家族滞在」ビザで日本に呼び寄せている場合、事態はより深刻になります。
家族滞在ビザの要件は、扶養者(経営者)に家族全員を養うだけの扶養能力があることです。経営者一人の生活費さえ賄えないような低い役員報酬設定では、当然ながら家族を養う能力はないと判断されます。結果として、経営者本人のビザ更新が危うくなるだけでなく、家族全員のビザが不許可となり、一家で帰国を余儀なくされるケースも存在します。
適正な報酬設定の目安#
明確な法的基準額が公開されているわけではありませんが、実務上の目安としては、少なくとも月額20万円〜25万円以上の役員報酬を設定し、そこから社会保険料や税金を適正に納税した上で、手元に残る金額で生活が成り立つことを示す必要があります。もちろん、扶養家族がいる場合は、その人数に応じてさらに高い報酬設定が求められます。
目先の社会保険料負担を減らすことだけを考えた結果、日本での在留基盤そのものを失っては本末転倒です。事業計画を策定する段階で、適正な役員報酬と社会保険料をコストとして組み込み、それでも利益が出るようなビジネスモデルを構築することが、安定したビザ維持のための必須条件と言えます。
まとめ#
役員報酬の「低報酬設定」は、社会保険料削減という短期的な金銭的メリットがある一方で、入管審査においては「事業の不安定さ」や「生計維持能力の欠如」を疑わせる重大なリスク要因となります。入管制度は、外国人が日本社会の一員として自立し、適正に納税義務を果たすことを期待しています。したがって、経営者としての在留資格を維持するためには、社会保険料の負担を回避するのではなく、生活実態に見合った適正な報酬を設定し、納税義務を全うすることが最も安全で誠実な道であると理解する必要があります。