役員報酬の未払いと個人所得に関する入管審査の不審点について#

日本における在留資格、特に「経営・管理」ビザ等の就労系在留資格の更新や変更申請において、役員報酬の設定と実際の支払状況は極めて重要な審査ポイントとなります。企業の経営状態が悪化した際や、キャッシュフローを確保するために、帳簿上は役員報酬を計上しているものの、実際には経営者個人へ金銭が支払われていない(未払い・未引出)というケースが散見されます。

一見すると、会社と個人の合意に基づく内部的な資金調整のように思えるこの処理ですが、入出国在留管理庁(入管)の審査実務においては、重大な疑義を生じさせる要因となり得ます。ここでは、役員報酬の未払いがなぜ審査において不審点と見なされるのか、その論理的背景とリスクについて解説します。

帳簿上の計上と実態の乖離#

まず問題となるのは、会社の決算書類と個人の所得証明書類との整合性です。 日本の税務会計上、役員報酬は「定期同額給与」などの要件を満たせば、実際に現金が支払われていなくても、未払金として計上することで会社の経費(損金)に算入することが可能です。これにより、会社の利益を圧縮し、法人税を抑えることができます。

一方で、役員個人には報酬が発生しているとみなされるため、会社は源泉所得税を徴収・納付する義務が生じます。この結果、役員個人の「課税証明書」や「納税証明書」には、あたかも高額な収入があるかのように記載されます。

入管の審査官は、単に課税証明書の数字だけを見ているわけではありません。提出された会社の決算書(貸借対照表や損益計算書)と、個人の預金通帳の写しなどを照合します。ここで「課税証明書では年収500万円となっているのに、通帳には給与の振込記録が一切ない」あるいは「会社の貸借対照表に多額の未払金(または役員借入金)が計上されている」という事実が判明した場合、実態を伴わない虚偽の申請であるとの疑念を抱きます。

生計維持能力に対する疑義#

在留資格の審査基準の一つに「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」という要件があります。日本で生活するためには、家賃、食費、光熱費などの生活費が必ず発生します。

役員報酬が未払い(未引出)であるということは、手元に現金が入ってきていないことを意味します。それにもかかわらず日本で生活ができている場合、入管は以下のような不法な資金源を疑うことになります。

  1. 資格外活動の疑い: 他の会社で隠れてアルバイトや就労を行っているのではないか。
  2. 不透明な資金流入: 海外からの未申告の送金や、アンダーグラウンドなビジネスによる収入があるのではないか。

「会社の業績が悪いので報酬を受け取っていないが、個人の貯金を取り崩して生活している」という主張も理論上はあり得ますが、それを証明するためには、過去からの十分な蓄えと、その減少履歴が明確にわかる客観的な資料が必要となります。単に「我慢している」という説明だけでは、審査を通過することは困難です。

社会保険および納税義務の履行状況#

役員報酬を設定している以上、そこには社会保険料(健康保険・厚生年金)や住民税の支払い義務が発生します。報酬が未払いであっても、これらの公的義務は免除されません。

資金繰りが苦しい企業では、報酬を未払いにすると同時に、社会保険料の会社負担分や本人負担分の納付も滞っているケースが多く見受けられます。入管法改正以降、公的義務の履行状況は審査において極めて厳格に確認されるようになりました。

「報酬をもらっていないから税金や保険料が払えない」という理屈は通用しません。報酬を設定した時点で支払義務は確定しており、未納や滞納がある場合、在留資格の更新が不許可になる可能性が非常に高まります。また、社会保険に加入し続けるために形式的に報酬額を維持し、実際には支払わないという操作は、制度の悪用とみなされるリスクもあります。

事業の継続性・安定性への影響#

役員報酬が支払えないという事実は、会社の経営状態が著しく悪化していることを示唆します。「経営・管理」ビザにおいては、事業の「継続性・安定性」が審査の根幹をなします。

経営者自身が生活できるだけの報酬を捻出できない事業は、ビジネスとして破綻していると判断されかねません。一時的な未払いであれば合理的な説明と再建計画によって認められる余地もありますが、長期にわたり未払いが続き、貸借対照表上の「役員借入金」や「未払金」が累積している状態は、債務超過の前段階と捉えられ、ビザ更新の致命的なマイナス要因となります。

まとめ#

役員報酬の未払い(未引出)は、単なる社内の資金繰りの問題にとどまらず、入管審査においては「申請内容の信憑性」「生計維持能力」「公的義務の履行」「事業の継続性」という複数の観点から重大な疑義を招きます。帳簿上の数字と実際のキャッシュフローを一致させ、適正に納税・社会保険料を納付することが、在留資格維持のための必須条件であると言えます。


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