インターネット上での誹謗中傷による法的トラブルと永住権#
近年、SNSや掲示板などインターネット上での発言が原因で、法的トラブルに発展するケースが増加しています。匿名性が高いとされるインターネット上であっても、特定の個人や企業を攻撃するような書き込みは、民事上の損害賠償請求や刑事上の処罰の対象となり得ます。
外国人住民が日本での永住権(永住許可)を申請する際、こうした法的トラブルは審査にどのような影響を与えるのでしょうか。結論から言えば、トラブルの性質が「民事事件」にとどまるか、それとも「刑事事件」として処罰されるかによって、永住権許可への影響は大きく異なります。
本記事では、インターネット上での誹謗中傷が永住権申請における「素行善良要件」に及ぼす影響について、入管法令および審査実務の観点から客観的に解説します。
永住許可における「素行善良要件」とは#
永住許可のガイドラインおよび出入国管理及び難民認定法(入管法)第22条には、永住許可の要件の一つとして「素行が善良であること」が定められています。これを「素行善良要件」と呼びます。
法律を遵守し、日常生活においても住民として社会的に非難されることのない生活を営んでいることが求められます。つまり、日本の法律に違反して処罰を受けた事実がある場合、この要件を満たさないと判断される可能性が高くなります。インターネット上のトラブルであっても、それが法令違反に該当する場合は、この審査基準に直結します。
民事上の責任と永住権への影響#
誹謗中傷によるトラブルの多くは、まず民事上の争いとして現れます。被害者が発信者情報開示請求を行い、投稿者を特定した上で、慰謝料などの損害賠償を請求するケースです。
損害賠償請求のみの場合#
原則として、民事裁判で敗訴し損害賠償の支払いを命じられたこと自体は、直ちに永住権の不許可事由にはなりません。入管の審査は主に、刑事罰や公的義務(税金・年金の支払いなど)の履行状況を重視するため、私人間(私人対私人)の金銭トラブルは、直接的な「素行不良」とはみなされない傾向にあります。
生計要件への間接的影響#
しかし、賠償額が極めて高額であり、それを支払うことで申請人の生活が破綻する、あるいは給与が差し押さえられるといった事態になれば話は別です。永住許可のもう一つの要件である「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること(独立生計要件)」を満たせなくなるリスクが生じます。経済的基盤が揺らぐことは、審査においてマイナス要因となります。
刑事上の責任と永住権への影響#
最も警戒すべきは、誹謗中傷が警察による捜査対象となり、刑事事件として立件された場合です。この場合、永住権申請に致命的な影響を及ぼす可能性があります。
該当しうる犯罪類型#
インターネット上の書き込みは、内容によって以下の罪に問われる可能性があります。
- 名誉毀損罪(刑法230条): 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合。
- 侮辱罪(刑法231条): 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した場合。近年、厳罰化され、拘留や科料だけでなく懲役刑や禁錮刑も適用され得るようになりました。
- 脅迫罪(刑法222条): 生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した場合。
- 信用毀損罪・業務妨害罪(刑法233条): 虚偽の風説を流布し、人の信用を毀損したり業務を妨害したりした場合。
刑罰を受けた場合の不許可期間#
もし、これらの犯罪で有罪判決を受け、刑罰が確定した場合、一定期間は「素行善良要件」を満たさないと判断されます。
- 懲役・禁錮刑: 実刑判決を受けた場合、刑務所を出所してから10年を経過するまでは永住許可を受けることは極めて困難です。執行猶予がついた場合でも、執行猶予期間が満了し、さらに数年(一般的には5年程度)が経過するまでは、許可される可能性は低くなります。
- 罰金刑: 略式起訴などで罰金刑となった場合でも、罰金を納付してから5年を経過しないと、素行要件を満たさないとされるのが実務上の運用です。
- 拘留・科料: 比較的軽い刑罰ですが、これも前科に含まれます。直近でこれらを受けた事実は、素行が善良でないとの心証を審査官に与える可能性があります。
審査における情報の把握と告知義務#
永住許可申請書には、賞罰を記載する欄や、犯罪経歴を申告する質問項目があります。ここで過去の処罰歴を隠して申請することは絶対に避けるべきです。入管当局は警察庁等のデータと照会を行う権限を持っているため、前科を隠蔽したことは必ず発覚します。
虚偽の申告をした場合、その事実だけで「入管法違反(虚偽申請)」や不誠実な態度とみなされ、不許可となります。また、万が一許可が下りた後に虚偽が発覚すれば、永住許可そのものが取り消される可能性もあります。
まとめ#
インターネット上での誹謗中傷は、単なるマナーの問題にとどまらず、民事上の賠償責任や刑事罰につながる重大な行為です。特に刑事罰を受けた場合、罰金刑であっても数年単位で永住権申請ができなくなるという重大な不利益を被ります。
日本の入管制度は、日本社会のルールを遵守する外国人を歓迎します。永住権を目指す場合は、実社会だけでなくインターネット空間においても、法令を遵守し、他者の権利を尊重する誠実な行動が求められます。一時的な感情による書き込みが、将来の永住計画を大きく狂わせる可能性があることを十分に認識しておく必要があります。